5 シドニーでは理科や社会をどう教えたらいいんだ?

今回は、日本人学校での授業はむずかしいことがいっぱいあるよ!というお話です。

将来日本に変える子供のための授業、という大前提があるために、いろいろと制約がある日本人学校での授業。

太陽が北に出るのに「南中」という言葉を教えなければならなかったり・・・

着任翌日にはもう授業、という最初の忙しさの中で、これらのことと向き合いながら授業の準備をし、授業をしました。その一端を御覧ください。

例によって「パソコン通信」で日本のPC-VANに毎週送っていたシドニー通信第4号 1992年4月からです。

 

(シドニー通信第4号より)

着任翌日からもう授業である。どこになにがあるか全くわからない状態で授業を始めるので、いろいろと戸惑いがあった。

南半球であるから理科はいろいろと工夫をしなければならないだろうということはだいたい予想がついていた。社会も同様である。地域の学習などは難しいだろうなと思っていた。

ここに、最初の週に書き留めておいた、授業についての記録がある。

理科の授業

『土やすなをしらべよう』と言う単元から入ります。校庭にあるいろいろな土をとってきて、てざわり、粒の大きさを調べ、場所によって違いがあることに気づかせようとするのです。

それで、子どもを先頭に「土見つけ」にいくことにしました。前の日に校内を歩き回って調べておきたかったのですが、何しろまだ車のない身。自分のお世話係の先生にピック(車で自宅まで送り迎えしてもらうこと)してもらう身なのでその時間はありませんでした。

『先生、まだどこに土があるか分からないからみんなが案内して下さいね』ということで隊長を二人募って土見つけに出ました。

ところが、おどろきました。

ないのです。

校庭は全部芝生が植えられています。土をとれるような所は見あたりません。芝生がはえていないところは岩ばんが露出しています。オーストラリアは(この辺だけかも知れませんが)、土とか砂とかがあるところには全部芝生がうえられているのではないか、と思うほどです。あとは岩です。

よわりました。

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このような芝生の地面ばかりなので土がとれない。または岩盤。 

で、結局見つけたのは砂場のすな。そしてバレーコートに昔ひいてあったのだろうと思われる粘土。これくらいです。

それをサンプルとして教室に持ち帰り、セロテープでノートにはって学習を終えました。

疲れました。日本だとあまりに簡単に手にはいるものがここにはないのですね。

 

社会

3年の社会と聞いただけでいったいどうするつもりだろうと思われる方が多いと思います。

まず、自分達の家の周りの簡単な地図をかかせました。

このとき、私もいっしょにかきました。先週家のまわりを探検して回っていたので結構かくことができました。

こうやって、子どもと一緒にかくというのは大切なことだと改めて感じました。自分が知らない、分からないところが明確になりました。子どももそうだったでしょう。

ただ、本当に家のまわりしか知らない子ども達が多いのに驚きました。

考えてみれば、日本のように家に帰って友だちと遊びに行くということが簡単にできない子どもたちです。日本でさえ子どもたちはあまり外で遊ばなくなったと言っていますが、こちらでは遊ばないのではなく遊べないのです。

日本ではほとんどの学校では子どもたちの遊び場として学校を開放しているでしょう。放課後、子どもたちが校庭に遊びにきている様をよく見かけます。

ところが、こちらでは、子どもたちが帰った後の校庭はさびしいものです。あひるやオウムがいるくらいです。

そんな中で、子どもたちは家で過ごすことが多くなり、自分の家のまわりのほんの一部分しか知らないということになっているのだと思います。

自分の家がシドニーという場所のどういうところにあるのか、交通機関ではどの様に結び付いているのか、などについて分からせてやらなければと思います。

これは、まったく今の私の状況と同じです。毎晩地図で確かめたり、バス路線図をながめたりして自分のある状況の把握に勤めているからです。

 

音楽

はじめに「春の小川」がでてきます。

さてさっそく弱りました。

こちらは今『秋』なのです。

子どもたちにとって『春の小川』の歌を歌うことは、季節感とは何の関わりもいことになります。

ところが、わたしがそのことにまだ気が付かないで(おはずかしい。教材研究を十分にしていないことがばれますね。)『春の小川』と板書してもだれも指摘する子がいないのです。これはある面では季節がずれていることからくるいろいろな不都合になれているからではないかと感じました。

ならばなおさら季節の歌を歌わせてやらなければと思いました。

それで、『もみじ』を歌うことにしました。確か4年ででてくると思いますが、その場ではそれしか思い付かなかったのです。

子どもたちは『知ってるよ!』 と言いました。ついこのあいだの卒業生とのお別れ集会で歌うためにみっちりと教えてもらった、ということでした。

なるほど、ここでは卒業には秋の歌を歌うんだなぁと思いました。

 

体育

この前、50m走のタイムを図りました。

芝生の地面でおまけにでこぼこしていますので、はしりにくいでしょう。

そのコースの中にあひるの行列ががぁがぁいいながら入ってきました。

子どもたちはなれたもので「あひるだあひるだ」とさわいでいるのは私くらいなものです。

子どもたちはおかまいなしにはしってきます。するとあひるがおおあわてでよちよちとにげまわります。

もう、みているこっちが力が抜けてしまいました。こんな中で体育をやっていると、のんびりのどかな気持ちになってきます。

勝負なんて二の次という気持ちになってしまいます。

 

 シドニー通信第4号より抜粋

 


 

編集後記

実は,この内容は「25年前からのパソコン通信」にはありません。現在執筆中の第2巻に入る予定です。

さて,

理科の授業には困りました。

理科のテストに「南中」という言葉がでる以上、「シドニーは北に太陽が出るから『北中』だね」なんて教えられません。「太陽は南中します」ということを覚えて日本に帰ることが期待されている子どもたちです。

それでも、せっかく「太陽が北に出る、半月は右と左が逆」などということを目の当たりにできる場所にいる子どもたちです。そういうことはぜひ学んでほしい。

そうすることで、より「南中」という学習が生きるのではないか

同学年の教師たちでいろいろと相談したことを覚えています。

「ここは北に太陽が出るけど、日本では反対。南に出るんだ。

だから、教科書には『南中』と書いてある。

みんなはそのうち日本に帰るんだから、日本に帰って困らないように南中って覚えておくんだよ。」

身も蓋もない話ですが、いろいろと現地で経験させても最後はこうなってしまうことにいろいろと悩んだ3年間でもありました。

そのうち、なれましたけどね。

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